天守閣

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概要・歴史・観光・見所
天守閣(弘前城)概要: 当初、弘前城の天守閣は5層の大天守で本丸の西南隅にありましたが寛永4年(1627)の落雷により内部の火薬に引火して火災により焼失しました。現在の弘前城天守閣は文化8年(1811)に弘前藩9代藩主津軽寧親が幕府の許可を得て(幕府の届けてとしては3重櫓)本丸南東隅に位置する3層の辰巳櫓を改修したもので規模は小さいものの、入母屋屋根に2の丸方面の1層目、2層目には切妻破風出窓を設け華美で格式を感じる建物になっています。逆に本丸側には装飾的な意匠は排除され窓が並んでいるだけの単調なもので全国的に見ても珍しい造りになっています。弘前城天守閣は軒高16m、延床面積約250u、1階は桁行6間、梁間6間、2階は桁行5間、梁間5間、1階は梁間4間、桁行4間、防衛面では堀に面した壁には鉄砲狭間や石落しを設け、防火的には外壁を漆喰で塗り、銅瓦葺きになっています。弘前城天守閣は層塔型独立式天守、木造三重三階、入母屋、銅本瓦葺、塗屋造、白漆喰仕上げ、屋根の両端には鯱、入母屋破風には懸魚、内壁は真壁造、白漆喰仕上げ、砲弾等に耐える為、通常の建物よりは幅広の部材が採用されています。全国に残る天守閣12棟(弘前城・松本城・丸岡城・犬山城・彦根城・姫路城・松山城・松江城・丸亀城・松山城・宇和島城・高知城)の内の1つで東日本唯一、最北の天守閣として貴重な存在で軒札2枚と共に昭和12年(1937)7月29日国指定重要文化財に指定されています。現在は内部に弘前城関係の資料が展示され一般公開されています。

東北地方には有力な伊達家や佐竹家、上杉家など有力な外様大名が配されましたが、以外にも天守閣を持つ城郭は極端に少ない地域です。目立ったものは鶴ヶ城(福島県会津若松市)の5層天守閣ですが、これは会津藩松平家が親藩で徳川御三家に次ぐ格式を持ち、上記の3藩を押える軍事的な要素があり親藩の中でも高禄な23万石(実質28万石)を領していた事などの理由があったとされます。弘前城はそれに次ぐもので、基本的に外様藩で石高は5万石程度と会津藩に比べると比較になりませんが、幕府が北方の外敵からの守り、上記の有力外様大名を北側から押る意味でも特別な配慮があったと思われます。因みに津軽家と長年対立関係にあった南部家の居城盛岡城(岩手県盛岡市)は江戸時代末期まで3層櫓だったものを天保13年(1842)に名称を「天守」に改めています。

伊達家の仙台城(宮城県仙台市)は築城当初は天守台を設け当初は天守閣を設ける予定だったとされますが結局は設けられず本丸には眺望が目的な眺瀛閣(懸け造り、数奇屋風の御殿)と4基の3重櫓に留まっています。佐竹家の久保田城(秋田県秋田市)は時代によって変化があるようですが、幕末には2層の「出し御書院」と呼ばれる櫓座敷が天守の代わりを果たしていました(現在は南西2層隅櫓があった場所に天守閣風に3層4階の資料館を建て誤解する人もいるようです)。上杉家の米沢城(山形県山形市)も天守閣がなく、本丸の東北隅と西北隅に3層櫓を2基置かれていました。江戸時代初期に57万石という大藩だった山形城(山形県山形市)にも天守閣がなく、二の丸西側にあった三層櫓が代用だったとされます。その他にも秋田氏の三春城(福島県三春町)や白河小峰城(福島県白河市)も3層櫓が代用しています。

全国の天守閣・12城
・ 弘前城−文化7年−3層3階、独立式−国指定重要文化財−青森県弘前市
・ 松本城−慶長2年−5層6階、連結複合式−国宝−長野県松本市
・ 犬山城−不詳−3層4階、複合式−国宝−愛知県犬山市
・ 丸岡城−天正4年−2層3階、独立式−国指定重要文化財−福井県坂井市
・ 彦根城−慶長11年−3層3階、複合式−国宝−滋賀県福井市
・ 姫路城−慶長14年−5層6階、連立式−国宝(世界遺産)−兵庫県姫路市
・ 松江城−慶長12年−5層6階、複合式−国指定重要文化財−島根県松江市
・ 備中松山城−天和3年−2層2階、独立式−国指定重要文化財−岡山県高梁市
・ 丸亀城−万治3年−3層3階、独立式−国指定重要文化財−香川県丸亀市
・ 高知城−延享4年−4層6階、独立式−国指定重要文化財−高知県高知市
・ 伊予松山城−安政5年−3層3階、連立式−国指定重要文化財−愛媛県松山市
・ 宇和島城−寛文5年−3層3階、独立式−国指定重要文化財−愛媛県宇和島市

天守閣:写真

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