五戸代官所

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概要・歴史・観光・見所
五戸代官所概要: 五戸代官所は寛永12年(1635)頃に三戸郡13ヵ村、北郡15ヵ村、合計28ヵ村14170石(幕末)を統轄するために設置されました。代官所には代官2名の他、下役、帳付、御野場別当、牛馬役、御蔵奉行など13名前後が勤務していましたが明治2年(1869)に「奉行所」となりました。明治3年(1870)には幕末の戊辰戦争で敗北した会津藩が家名存続が許された事で立藩した斗南藩3万石が田名部の円通寺(恐山菩提寺本坊)に藩庁を移すまでの3ヶ月間程の旧五戸代官所に藩庁が置かれました。その後、明治5年(1872)には「青森県民事堂五戸支庁舎」、明治27年(1894)までは「五戸小学校校舎」として利用されました。建物は文久年間(1861〜63)に再建されたものがそのまま利用されましたがその後解体され表門は民家に払い下げとなりました。五戸代官所の詳細な図面はありませんでしたが平成10年(1998)に同じ盛岡藩の代官所の花輪代官所(南部藩:秋田県鹿角市花輪)や毛馬内通御役屋(南部藩:秋田県鹿角市毛馬内)、軽米御代官所(八戸藩:岩手県軽米町)、寺坂番所(仙台藩:北上市稲瀬町)などの図面を元に復元されました。建物は木造平屋建、寄棟、茅葺、平入、内部には式台付玄関、玄関の間、本座敷、御用之間、台所、水屋などがあり外壁は真壁造、板張、素地と極めて質素な造りになっています。表門は文久年間(1861〜1864)に建てられたもので五戸代官所が廃されると民間に払い下げられましたが近年、町に寄贈され現在地に再移転となり五戸町指定有形文化財に指定されています。

五戸代官所:写真

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