今別八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
今別八幡宮(津軽半島)概要: 今別八幡宮の創建は大同2年(807)に勧請されたのが始まりと伝えられています。中世、当地を支配した今別城の城主平氏の娘が浪岡城青森市浪岡町)の城主北畠具運卿に嫁いだ際、永禄3年(1560)具運卿が改めて石清水八幡宮(京都府八幡市)の分霊を勧請し社殿を再建しました(一説には城主平杢之介の奥方の懇願により社殿が建立されたとも)。今別湊は江戸時代、弘前藩の九浦に指定され重点的に整備された事から活況を呈し、今別八幡宮も海運や漁業、湊に関わる人達から篤く信仰され、明暦4年(1658)に越前国新保浦(現福井県坂井郡三国町)山岸屋太兵衛が万治2年(1659)には同じく越前国新保浦出身の上林武兵衛が石造狛犬を奉納しています。この狛犬は山岸屋太兵衛のものは高さ48cm、長さ43cm、幅15cm、上林武兵衛のものが高さ42cm、長さ39cm、幅15cm、当時の日本海西回り航路を利用した北前船関係の資料として貴重な事から昭和61年(1986)に今別町指定文化財に指定されています。

古くから神仏習合していましたが、明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され明治5年(1872)に今別八幡神社に社号を改め昭和43年(1968)に現在の社号である今別八幡宮に改称しています。参道の下に線路(津軽線)が敷かれている特異な境内で、神域だった為、樹木(スギ・ヒラマヤスギ・アカエゾマツ・ブナ・ウダイカンバ・ミズナラ・ホオノキ・サンショウ等)の保存状態が良い事から「今別八幡宮自然観察教育林(今別八幡宮巨木を育む森)」として教育の一端を担っています。例祭:9月15日(以前は旧8月15日)・祭神:誉田別尊。

今別八幡宮:本殿・拝殿・写真

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