厩石(外ヶ浜町三厩)

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概要・歴史・観光・見所
厩石(竜飛岬)概要: 伝説によると源義経は藤原泰衡に急襲される以前に既に平泉(岩手県平泉町)を脱出し蝦夷へ向って落ち延びたと伝えられています。義経の外護者であった藤原秀衡は遺言で2人の息子である国衡、泰衡に対し義経を守るように告げましたが、一方で義経に対し息子達が裏切るようであったら館に火を放ち自刃を装って蝦夷地に逃れるように指示していたとされます。義経は蝦夷に渡る為に津軽半島の突端である竜飛岬を目指しこの地を訪れましたが強風により足止めとなり困り果て、巨岩の上に守り本尊である観音像を安置させ三日三晩念じると念願成就し、白髪交じりの仙人が現れ3頭の龍馬を与えられ無事に蝦夷まで辿りつくことが出来たと伝えられています。その巨岩には3つの岩窟があることから3頭の龍馬の厩だったとされ三厩の由来となったそうです。又、寛文7年(1667)に円空上人が三厩に訪れた際、厩石の上に安置されていた義経の守り本尊の観音像を本尊とした義経寺を創建したとされます。太宰治の小説「津軽」の中でも厩石や義経寺の事が書かれており地元の伝説と、実際の通説の差に複雑な思いを表現しています。現在厩石周辺は「厩石公園」として整備され、「松前街道終点之碑」、「義経渡道之地碑」、「源義経竜神塔」、「静御前竜神塔」などが建立されています。

厩石:写真

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