鬼泊巖屋観音堂(今別町)

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概要・歴史・観光・見所
鬼泊巖屋観音堂(今別町)概要: 案内板によると「 岩屋観音の草創は定かではないが、貞享3年(1689年)「外ケ浜代官ところ・・・・・書上張」によるとこの天然の岩洞に小さな祠が建てられ観世音菩薩が安置されているとある。又、天明6年(1786年)頃の凶作が続いた大飢饉には人々が苦しみ心は荒れはて悪人を鬼と言われた頃、この観音堂は津軽霊場三十三観音の二十一番札所掛所として広く知られていた。 今別町教育委員会 」とあります。伝承によると天長年間、舎利浜の釈迦如来像が出現し奉祭した事が創建として伝えられています。霊験も高く広く信仰され江戸時代には津軽三十三観音霊場第21番札所にも選定されましたが、余りにも海に近かった為、建物の老朽化も早く享保年間には本尊を守る事が出来なくなった為、貞伝上人によって本覚寺に移されました。明治時代初頭に発令された神仏分離令により廃堂になりましたが明治20年代に今別町袰月字袰月元に海雲洞釈迦堂として再興されました。しかし、元々の由来である釈迦如来像が出現した霊地にも観音堂の再建が望まれ昭和30年代に鬼泊巖屋観音堂が再興されました。津軽三十三観音霊場第21番札所(札所本尊:聖観世音菩薩 ・御詠歌:いにしえの鬼の岩屋に神立ちて 悪魔はあらず外ケ浜にも)。

鬼泊巖屋観音堂:写真

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