今別町: 高野山観音堂

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概要・歴史・観光・見所
高野山観音堂(津軽半島)概要: 案内板によると「 この観音堂の草創は古く天長年中(826年頃)であると言われ、高野山観音堂高野山観音堂(津軽半島)本尊は十一面観音で慈覚大師の作と伝えられている。寛政5年(1794年)の御堂建立に当たっては西国三十三霊場の土を運ばせ御堂の下に埋めたことからここに参詣すれば西国三十三観音を拝するに等しいとみ言われ津軽霊場三十三観音の二十番掛所として広く知られている。又、この御堂の左側階段を登ると石仏の聖観音像33体が祀られている。 今別町教育委員会 」とあります。寛政5年に中興した愍栄上人は自ら十一面観世音菩薩を彫刻し、本尊を胎内に収めると別当として円通庵を創建、後に寺院として認められ円通寺となりましたが、その後廃寺となり現在は関係が深い本覚寺が管理しています(愍栄上人は本覚寺の良端上人に師事、又、観音堂が荒廃していた時期は本尊が本覚寺に移されていた)。観音堂は寄棟、鉄板葺、妻入、間口2間、奥行3間、外壁は白木横板張、正面に不釣合いな切妻屋根の1間向拝が建てられ、木鼻には象、欄間には龍の彫刻が施されています。津軽三十三観音霊場第20番札所(札所本尊:十一面観世音菩薩・御詠歌:高野山 誓いをここに 今別の 石の光りも 弥陀の砂利浜 )。宗派:真言宗。本尊:十一面観音。

高野山観音堂:写真

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