五所川原市金木町: 旧津島家新座敷

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概要・歴史・観光・見所
旧津島家新座敷(五所川原市)概要: 案内板によると「 太宰の兄の結婚を機に建設された離れで、疎開時に太宰親子が新座敷暮した家でもあります。ここでは世情を風刺した作品を書いています。作品「春の枯葉」、「冬の花火」、「パンドラの匣」、「親友交歓」、「トカトントン」、「十五年間」、「苦悩の年鑑」など NPO法人 かなぎ元亀倶楽部 」とあります。太宰治の兄である津島文治が大正11年(1922)に結婚した際に建てられたもので(太宰は当時13歳)、生家(斜陽館)に対して新座敷と呼ばれました。太平洋戦争の戦火が東京に及んだ昭和20年(1945)7月末から昭和21年(1946)11月までの1年3ヶ間、太宰は家族と共にこの新座敷に疎開生活を送り実に22の作品が作成されています。又、後年母親を見舞った際にも訪れた場所でもあり小説「故郷」ではこの時の様子が詳細に描かれいます。当初は生家(斜陽館)に隣接して建てられていましたが、津島家が斜陽館を手放した際、曳きやにて現在地に移されています。木造平屋建、寄棟、一部切妻、鉄板葺、洋館部分は外壁が下見板張りに縦長の開口部を採用するなど当時の洋風建築の要素を取り入れています。内部は床の間付の座敷の他、大正時代を感じさせる洋間があり、数少ない太宰治の縁の遺構として貴重な存在です。

旧津島家新座敷:写真

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