日本三大桜名所(弘前公園)

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弘前城・歴史・概要

弘前城・概要: 弘前城(日本100名城)は津軽3郡(平賀郡、田舎郡、鼻和郡)を統一し初代弘前藩弘前城・夜景・桜の藩主となった津軽為信(出生不明:南部家の一族だった久慈家出身とも大浦守信の子供とも、豊臣家から南部家からの独立を認めてもらう為に出生を詐称したとされます。)によって築城が計画しました。しかし、為信は慶長12年に京都で死去した為、計画は一時中止となり、2代津軽信枚が慶長14年に再び幕府から弘前城の築城の許可を得て慶長16年に一応の完成を得ました。築城地の選定にあたっては武田流軍学者である沼田面松斎、縄張奉行は東海吉兵衛、普請奉行は宮館文左衛門、竿奉行は谷口仁兵衛がそれぞれ任を与えられました。信枚は正室に徳川家康の養女である満天姫を迎えるなど徳川家と関係を深め4万5千石の外様大名としては弘前城:天守閣・桜異例の巨大な城郭が築城されました(信枚は当初、石田三成の娘を正室として親豊臣派の大名でしたが、一転して親徳川派となり正室に満天姫を迎え家名存続を図りました)。櫓門が設置され威容を誇りました。明治時代以降、弘前城は廃城となりましたが3層天守閣を始め辰巳櫓丑寅櫓未申櫓の3棟の3層櫓、追手門東門南内門東内門北門(亀甲門)の5棟の櫓門が残り、現在は弘前公園として整備され春には約50種の桜が約2600本一斉に咲き誇り桜の名所になっています。弘前城:天守閣・夜景・桜本丸には五層の大天守閣が聳え3重に囲まれた堀の中には数多くの櫓や弘前公園(鷹揚公園)は緑の文明学会と社団法人日本公園緑地協会が平成元年(1989)に選定した「日本の都市公園100選」、都市公園法施行50周年等記念事業実行委員会が平成18年(2006)に選定した「日本の歴史公園100選」、建設省、運輸省、環境庁、林野庁、全国知事会、財団法人・花と緑の博覧会協会が平成2年(1990)に選定した「日本さくら名所100選」、財団法人日本城郭協会が平成18年(2006)に選定した「日本100名城」、美しい日本の歴史的風土100選実行委員会によって平成19年(2007)に選定された「美しい日本の歴史的風土100選」、人と自然が織りなす日本の風景百選 実行委員会が平成17年(2005)に選定した「人と自然が織りなす日本の風景百選」、読売新聞創刊135周年を記念して平成21年(2009)に選定された「平成百景」に選定されています。又、平成14年(2002)に弘前城、堀越城、種里城の城跡約105万4千uが名称「津軽氏城跡」として国指定史跡に指定されています。

弘前城と桜

弘前城と桜: 弘前城に桜が植えられたのは正徳5年(1715)、京都からカスミザクラなど25本を取り寄せた津軽家家臣が植樹したのが始まりとされ、弘前城弘前城現在最古のものは明治15年(1882)に旧弘前藩士である菊池楯衛が、ソメイヨシノを1千本植えたものが残されています。ソメイヨシノは寿命60年説があるなど比較的短命とされる中、弘前城のソメイヨシノは前述した明治15年(1882)の古木があり日本最古のソメイヨシノとも云われています。その後も明治30年(1897)に1千本など随時植樹され平成に入るとソメイヨシノ、シダレザクラなど約50種2千6百本の桜が一斉に花開きます。散り際も壮観で弘前城の堀の水面が桜色一色となり他では見られない風景が見られます。概ねゴールデンウィークを前後して「弘前さくらまつり」が行われ数多くの花見客、観光客が訪れます。

日本三大桜名所
 ・ 弘前公園(弘前城)−青森県弘前市
 ・ 高遠城址公園(高遠城)−長野県伊那市
 ・ 吉野山の桜−奈良県吉野郡吉野町

東北地方の日本さくら名所100選
 ・ 弘前公園(弘前城)−青森県弘前市
 ・ 芦野池沼群県立自然公園(藤枝ため池)−青森県五所川原市
 ・ 高松公園−岩手県盛岡市
 ・ 北上市立公園展勝地−岩手県北上市
 ・ 船岡城址公園・白石川堤−宮城県柴田郡大河原町・柴田町
 ・ 千秋公園(久保田城)−秋田県秋田市
 ・ 真人公園−秋田県横手市増田町
 ・ 桧木内川堤・角館武家屋敷−秋田県仙北市角館町
 ・ 鶴岡公園(鶴ヶ岡城)−山形県鶴岡市
 ・ 烏帽子山公園−山形県南陽市
 ・ 鶴ヶ城公園(鶴ヶ城)−福島県会津若松市
 ・ 霞ヶ城公園(二本松城)−福島県二本松市
 ・ 三春町のシダレザクラ−福島県田村郡三春町

東北(みちのく)三大桜名所
 ・ 弘前公園(弘前城)−青森県弘前市
 ・ 北上市立公園展勝地−岩手県北上市
 ・ 桧木内川堤・角館武家屋敷−秋田県仙北市角館町


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