弘前市: 富田の清水

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概要・歴史・観光・見所
富田の清水(弘前市)概要: 案内板によると「 この辺りは、古くから清水の豊かな所として知られ、富田村に所在したことから、「富田の清水」と呼ばれて来ました。この豊かな清水は、4代藩主信政によって、初めて製紙法が導入されたさいに、紙漉きに使われるなどしましたが、その後、地域住民の生活用水として使用され、現在にいたっています。」とあります。昭和60年(1985)に環境庁が選定する名水百選に選ばれ、現在は近代的に屋根や吹き放しの壁、石畳風の床などが整備され多くの人達が清水を汲みに着ます。又、水槽が6槽に分かれているのが大きな特徴で(一般的な水場2〜3槽)、1槽目が飲料水に利用され、2槽目は洗顔、3槽目が米や野菜、漬物などの食物の洗いや濯ぎ、4槽目が紙漉きの道具や漬物樽の洗い、5・6槽目は洗濯と足洗い等細かく決められた事でより快適な清水を利用する事が出来ました。当地の紙漉きは貞享3年(1686)、弘前藩(藩庁:弘前城)の4代藩主津軽信政が越後国(現在の福井県)出身の和紙職人「熊谷吉兵衛」を召還し、地元の人々に学ばせたもので、昭和初期までこの富田の清水が和紙の製造に利用されていましたがパルプを原料とした洋紙の普及などから見られなくなりました。現在でも水場には紙漉で利用していた名残が見られます。又、近くには富田の清水と同様に紙漉きで利用され昭和61年(1986)には青森県の「私たちの名水」に選定された「御膳水」があります。

富田の清水:写真


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