鰺ヶ沢町: 来生寺

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概要・歴史・観光・見所
来生寺(鯵ヶ沢町)概要: 護法山来生寺の創建は不詳ですが古くは天台宗の寺院で妙円寺と称していたと伝えられています。その後、寛永年間(1624〜1643年)に後裔清原が鰺ヶ沢に入り承応元年(1652)に中興開山し寺号を来生寺と改めています。現在の本堂はその当時のもので木造平屋建、入母屋、鉄板葺、妻入、桁行5間、正面3間向拝付。寺宝である親鸞上人連座御影は室町時代に制作されたもので長さ143.0p、幅48.0pの画像で親鸞を中心に、法然や門流の僧たちが画かれてこの種のものとして青森県内最古とされ昭和38年(1963)に青森県重宝に指定されています。阿弥陀如来像も室町時代に制作(覚如が制作したとの伝承も残っています。)されたもので長さ134.0p、幅38.0p、正面に阿弥陀如来立像、背後に48本の光線が画かれているもので同じく昭和38年(1963)に青森県重宝に指定されています。化石塚(小野化石金兵衛の句碑)は文政9年(1826)に小野化石金兵衛(津軽西海岸地方の宗匠、雑俳の点者、文政元年:1818年死去、戒名「玄沖斎化石居士」)の門人によって建立され「磯山や四月の袖に桜散」の句が刻まれているもので昭和58年(1983)に鯵ヶ沢町指定文化財に指定されています。生駒雎員の墓は来生寺の境内に建立された田中町三国屋の墓の事で辞世の句である「種すすきの中に友あり秋の□」が刻まれている貴重なものとして昭和58年(1983)に鯵ヶ沢町指定文化財に指定されています。イチョウは来生寺が再興開山した際、植樹されたと推定されるもので推定樹齢400年、昭和62年(1987)に鰺ヶ沢町指定天然記念物に指定されています。宗派:真言宗大谷派。本尊:阿弥陀如来。

来生寺:写真

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