弘誓寺観音堂

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概要・歴史・観光・見所
弘誓寺観音堂(中泊町)概要: 前身である観音山解脱院の創建は不詳ですが江戸時代以前に尾別川の滝近くに存在したとされ、慶安元年(1648)に土地の産土神として現在地に境内を移しています。宝暦4年(1754)に津軽三十三観音霊場第14番札所に選定され信仰を広げました。江戸時代末期に飛龍大権現を勧請して飛龍宮に改称しましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され、本尊は弘前市にある最勝院に移され観音堂は廃堂、明治6年(1873)に神明宮に改称しました。明治34年(1901)に海野戒淳(後の圓海)が全国の観音像を3千3百体描こうと行脚し当地を訪れた際、荒廃した観音堂を憂い再興の為に境内に33体の地蔵を安置、さらに最勝院から再び当地に本尊を勧請し中村邸に安置しました。海野戒淳は日露戦争に召集されましたが、住民達は志を引き継ぎ明治43年(1910)にようやく観音堂が再建されています。昭和19年(1944)に圓海(海野戒淳)は再び当地に戻り弘誓教会を創建、昭和28年(1953)にようやく寺院として認められ解脱山弘誓寺に改称しています。津軽三十三観音霊場第14番札所(札所本尊:千手観世音菩薩・御詠歌:万代を祈りてこそは今爰に千手の誓ひたのもしきかな)。宗派:天台宗。本尊:釈迦如来。

弘誓寺観音堂:境内・写真

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