青森県:古川古松軒

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古川古松軒・東遊雑記

古川古松軒・概要: 古川古松軒は享保11年(1726)に備中国下道郡新本村(岡山県総社市)に生まれました。幼少の頃は早くに母親を亡くした事などから素行が悪かったとされ、賭博で使い込んだ借金を踏み倒して訴えられています。宝暦14年(1764)に父親が死去し、それを契機に四国八十八箇所巡礼に行うと全うな生活に戻ったとされます。その後は全国を歴遊し、そこで見聞した事を文章や絵図にまとめました。実力が評価されるようになると幕府巡見使随員の採用や地誌の編纂などに携わるようになり寛政7年(1795)には、岡田藩から苗字帯刀を許されています。

東遊雑記: 天明7年(1787)、古川古松軒は幕府巡見使の随員に採用されると5月6日に正式な巡見使である藤波要人、川口久助、三枝十兵衛に随行し東北諸藩を巡見、7月20日に松前(蝦夷地)に渡ると約1ヶ月の間蝦夷地に滞在し10月18日江戸に帰っています。ここで見聞した事が「東遊雑記」でまとめられています。

青森県:古川古松軒・行程

矢立峠: 7月14日、古川古松軒は久保田(秋田)藩から羽州街道を北上し、藩境である矢立峠を通過しています。矢立峠は出羽と津軽の境で険しい峠道、頂上より少し下がったところに矢立杉という大木があると評しています。

碇ヶ関関所: 7月14日、左右に柵が巡らされ、関所の門の中には番所があり、内部には武器が装備されていて箱根の番所が及ばない程厳重だったとされます。何故このように厳重なのかと古川古松軒が訊ねると、参勤交代の際、藩主(津軽家)が立ち寄り指摘されるからと答えています。

碇ヶ関宿: 7月14日、宿場の入口には谷川が流れ板橋が掛けられています。50軒ぐらいの小さな町ですが、秋田で見られる民家よりは程度が良い。津軽家の御茶屋(御仮屋)があり参勤交代の際は宿泊で利用されると現地の人が教えてくれたそうです。碇ヶ関宿で宿泊。

大鰐温泉: 7月15日、蔵舘村と大鰐村には両村とも数箇所の温泉があり、蔵舘温泉は熱く、大鰐温泉は温いとしています。

弘前城下: 7月15日、弘前城下で宿泊、弘前は津軽家4万6千石の城下町、3千余軒の大きな町で、弘前城は山城で要害のようだが良く見えなかったとし、巡見使が物珍しく身分を問わず多くの人が見物したそうです。岩木山(岩木山神社)には登っていませんが、興味があったようで詳細が記載されています。

浪岡宿: 7月16日、天明の大飢饉以来当地は耕作地は荒廃し、農民の程度も悪く、家毎に雌馬を3〜5匹を掘立柱の厩で飼っていてると評しています。

油川宿: 7月16日、船着場の為、他の地よりは人物が良く言葉も判り易いと記され、油川宿から津軽半島を北上する奥州街道(松前道)に入り平舘宿に向かっています。

平舘宿: 7月17日、平舘宿で宿泊、平館は300軒余の漁村で、スルメ取りが盛んで家々が忙しくしていた。浜辺には奇石が採れるそうだが日程がある為に断念しています。

今別宿: 7月18日、今別湊は北前船の寄港地で100石積の大型船は78隻あり舟問屋は発展し、遊女(売春婦)や50軒余の立派な家屋があったと記されています。

三厩宿: 7月18日、三厩宿で宿泊、悪天候の為に次の日も三厩宿に滞在し、7月20日に松前(蝦夷地)に向けて出航。

三厩宿: 8月20日、松前(蝦夷地)から渡海、天候が悪く21日まで滞在し、22日に出立。

青森宿: 8月23日、青森宿で宿泊。往時は3千軒の大きな町だったそうですが、近年、大地震があり全戸倒壊し、現在は千軒程、かなり疲弊しているようだと記しています。又、善知鳥神社を参拝し詳しく記載しています。

野内宿: 8月24日、野内関所通過、青森宿から東へ2里離れていて、弘前藩の関所が設けられ人物改めが行われていると記されています。大科子神社と野内貴船神社を参拝。

浅虫温泉: 8月24日、浅虫温泉で休息。湯つぼから湧き出す源泉が川に流れ湯気が煙のようだと記しています。

小湊宿: 8月24日、小湊宿で宿泊。小湊は津軽家の分家(旗本・後に黒石藩となる)の領地で、南部領と境は特に厳重に堅めていると記しています。

野辺地宿: 8月25日、野辺地宿で宿泊。300軒余。

坪の石文: 千曳神社を参拝。「みちのくは 奥ゆかしくも思ほゆる 坪の石文 外の浜風」の歌を掲げ、まさに歌のような場所なので、坪の石文がここに埋まっていているに違いないと記されています。

横浜宿: 8月26日、横浜宿で宿泊。少しの漁村。

田名部: 8月27日、田名部で宿泊。北部の町としては発展した町で、北前船の寄港地である大湊から町に流れる川が結んでいた為に舟運が往来していたと記されています。恐山には行かなかったものの、興味があったらしく詳しく記載されています。

泊浦宿: 8月28日、泊浦宿で宿泊。

平沼宿: 8月29日、平沼宿で宿泊。

市川宿: 8月30日、市川宿で宿泊。30軒程度。

八戸城下: 9月1日、八戸は南部家2万石の城下町。7、8百軒、大変に良い町、御馳走役も正しく、人馬の手配も滞り無く、本家の南部家よりも手際が良い。2万石とされているがそれ以上の領分とされると記されています。櫛引八幡宮を参拝し詳しく説明しています。

三戸宿: 9月1日、三戸宿で宿泊。

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