南部町: 本三戸八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
本三戸八幡宮(南部町)概要: 本三戸八幡宮は青森県三戸郡南部町小向八幡に鎮座している神社です。本三戸八幡宮の創建は建久2年(1191)、南部家の祖とされる南部光行が奥州合戦の功により糠部郡が与えられ、それまでの本拠だった甲州(現在の山梨県)から当地に入部した際、勧請したのが始まりと伝えられています。南部家は信州源氏(新羅三郎義光)の後裔とされ、その為、源氏の氏神だった八幡神(誉田別尊)を篤く信仰していました。境内は長年南部宗家の居館だった聖寿寺館の一角にあり南側には馬渕川、北側には猿辺川が流れている事から出城的な役割と、南部家の氏神と同時に城の鎮守社的な存在だったと思われます。歴代南部氏に庇護され、聖寿寺館が廃され本拠を三戸城、盛岡城(岩手県盛岡市)と移っても信仰が続けられ例大祭には藩主の代参が必ず参拝に訪れ御馬代金や幣帛料などを奉納し流鏑馬行事も行われていました。古くから神仏習合し、別当は甲州から当地に八幡神を勧請した際に供奉した佐々木治郎左衛門家が代々金剛院として祭祀を司ってきましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令に仏式が一掃され新たに神官が召還され独立した神社となっています。

金剛院の境内には南部家縁の墓碑も数多く建立されていましたが天明4年(1784)の大洪水で堂宇と共に流され、唯一残った南部23代安信の宝篋印塔は、室町時代後期に建てられたもので南部家関係の墓碑として最古とされる貴重なものとして平成14年(2002)に青森県重宝に指定されています。又、境内一体は「聖寿寺館跡」として平成16年(2004)に国指定史跡に指定されています。祭神:誉田別尊。例祭:9月15日。



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