平良ヶ崎城

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平良ヶ崎城:略データ
・場 所・青森県三戸郡南部町沖田面字南古舘
・築城年・建久3年(1192)
・築城者・南部三郎光行
・城 主・南部氏
・構 造・平山城
・文化財・南部町指定史跡
・指定日・昭和49年7月22日
・概 要・平良ヶ崎城(館)が何時頃築城されたのかは判りませんが、伝承等によると文治5年に発生した奥州合戦による軍功により南部光行が糠部5郡を与えられ、建久2年に鎌倉から八戸浦に至り、糠部郡に入部したそうです。

八戸周辺には適地が無かった事から、上流に相内館を築き居城としましたが、手狭だった事から翌建久3年に平良ヶ崎城を築き、本城を遷したと伝えられています。

ただし、鎌倉時代の当地は鎌倉幕府執権北条氏の直領(得宗領)だった可能性が高く、鎌倉幕府が崩壊後に根城南部師行が周辺を賜っています。

何れにしても南部家が本城を聖寿寺館に遷すまでは、平良ヶ崎城が本拠地で、聖寿寺館築城後も行政機関が残されたとされます。

当地は浅水を経て五戸方向に通じる街道と八戸方向に通じる街道が交差する軍事的要衝だった事から本城を聖寿寺館に遷した後も、有力な支城だったと推定され三戸城馬場館、聖寿寺館、大向館と共に糠部五ヶ城に数えられました。

永禄年間頃に本城を三戸城に遷すと聖寿寺館と共に廃城になったと推定されています。

平良ヶ崎城は旧南部中学校の校庭一帯が「南古館」、道路を挟んだ向かい側が「北古館」だったとされます。

平良ヶ崎城の城跡は貴重な事から南部町指定史跡に指定されています。

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