七戸町: 花松神社

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概要・歴史・観光・見所
花松神社(七戸町)概要: 花松神社の創建は不詳ですが南北朝の時代に北野牧の守護神として馬頭観音を勧請したのが始まりと伝えられ建長2年(1597)に再興されています。南部家では古くから馬の生産に力を入れ、江戸時代には南部9牧(大間野牧、奥戸野牧、蟻渡野牧、木崎野牧、又重野牧、相内野牧、住谷野牧、北野牧、三崎野牧)と呼ばれる盛岡藩直営の馬産地を経営し、馬の守護神とされる馬頭観音を信仰する地域が数多くあり花松神社もその1つと考えられます。その為、住民も馬の生産に関わる家が多く当社で絵馬を購入し祈願を書いて奉納したり、祈祷後家に持ち帰りお守りにする風習があり境内にはその為の絵馬舎が建立されたいました。当初は仏教色が強く観音堂と呼ばれ宝暦年間(1751〜1763年)に創建された御領分社堂には「小川目花村観音堂二間三間本山派別当光」と記され、寛政年間(1789〜1801年)に記された「邦内郷村志」には「観音別当秀光十三石五斗給分」と記載されています。天明の大飢饉で多くの農作物に被害がでると農耕・食物・家畜の守護神である 保食神の分霊を勧請合祀しすると神仏習合しました。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏教色の強い馬頭観音が廃され、主祭神を保食神として神社となり社号を花松神社に改め郷社に列しています。拝殿は昭和37年(1962)に再建されたもので入母屋、銅板葺、正面千鳥破風、桁行6間、梁間3間、正面1間軒唐破風向拝付。本殿は昭和37年(1962)に再建されたもので一間社流造、銅板葺。祭神:保食命。
花松神社
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