つがる市: 柏正八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
柏正八幡宮(つがる市)概要: 柏正八幡宮の創建は天正5年(1576)、津軽為信(弘前藩の藩祖)柏正八幡宮(つがる市)が社殿を建立し金造の神像を御神体としたのが始まりとされます。伝承によると為信は前年である天正4年(1575)当地を訪れた時、落武者とされる工藤祐益(後裔が柏正八幡宮の神官を歴任)、花巻頼母、山崎織部から篤いもてなしを受け、彼らから産土神の勧請し、その御加護を持って新田開発に従事したいとの上願をしました。為信は彼らのもてなしと熱意に感動し、社殿が完成すると国家安穏、 五穀成就、 萬民豊楽、 武運長久の祈願をこめ直筆の棟札を奉納しこの土地を広須野と名付けたと伝えられています。江戸時代に入り広須新田、木造新田が開発されると両新田の鎮守として住民から信仰され、歴代弘前藩(藩庁:弘前城)藩主も藩祖縁の神社として祈願所として崇敬庇護し社殿の営繕費は代官の公費で賄ったとされます。当初、旧柏村広須にあり広須八幡宮と称していましたが寛文8年(1668)4代藩主津軽信枚の命で現在地に遷座し引き続き広く信仰を集めました。その後、廣大山浄円寺の鎮守社である稲荷神社(保食神)が合祭、さらに明治6年(1873)に薬師宮(少名彦名神)が合祭となり、同年に郷社に列しています。明治42年(1909)に為信公直筆の棟札に正八幡宮にあやかり柏正八幡宮に社号を改めています。拝殿は入母屋、銅板葺、平入、正面千鳥破風、桁行6間、梁間4間、正面1間向拝、本殿は一間社流造、銅板葺。例祭:7月15日。祭神:誉田別尊・少名彦名神・保食神。
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柏正八幡宮:写真


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