|
|
| キリストの墓概要: キリストの墓は案内板によると「 昭和10年、茨城県の磯原市(現北茨木市)から訪れた武内巨磨氏により、武内家の古文書をもとに発見されました。古文書によると、ゴルゴダの丘で磔刑に処されたのは弟のイスキリであり、キリスト本人は日本に渡り、ここ新郷で106才の天寿を全うしたというのです。向って右側がキリストの墓"十来塚"、向って左側が弟イスキリの墓"十代墓"と言われており、毎年キリスト祭では慰霊祭が行なわれ、ナニャドヤラの唄と踊りが奉納されます。 新郷村」とあります。当然、このキリストの墓には賛否両論あり(学術的には認められていない。)賛成側は●古くは戸来(へらい)村と言っていたことから「ヘブライ」が転訛したと考えられる。●敷地の持ち主である沢口家の家紋がユダヤの紋章である五芒星(ダビデの星)に酷似している。●以前、生まれた子供を初めて屋外に出すときは額に墨で十字を書く習慣があった。●「ナニャドヤラ」という盆踊り歌の歌詞「ナニャドヤラー、ナニャドナサレノ、ナニャドヤラー」は日本語や方言でも理解出来ずヘブライ語で約すと「お前の聖名をほめ讚えん、お前に毛人を掃蕩して、お前の聖名をほめ讚えん」となる。●方言である「アヤ」(父親)、「アパ」(母親)は、「アダム」「イブ」と酷似している。●足がしびれた時、人差し指につばを付けて額に十字を3回切る。などあります。キリストの墓の否定側は●そもそも竹内氏が訪れるまでこのような伝承や伝説、文献などは存在しなかった。●村人にはキリスト教だけでなく隠れキリスタンも存在していなかった。●「竹内文書」自体出所不明の偽書である。などの理由が挙げられます。
|
|
キリストの墓 |
|
[ 付近地図: 青森県新郷村 ]・[ 十和田湖 ] |
 |
 |
 |
 |
|
|
|
|
|