下北半島(むつ市): 田名部神社

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概要・歴史・観光・見所
田名部神社(むつ市)概要: 田名部神社の創建は不詳ですが下野国宇都宮の示現太郎大明神の分霊を宇曾利山(恐山を構成している山)に勧請したのが始まりとされ、康永4年(1341)の鰐口が伝わっている事から少なくともこれ以前から鎮座していたと思われます(その他にも年代不詳の古鏡も伝わっており歴史が感じられます)。その後宇曾利山から大平村荒川一本松に遷座し、22代別当小笠原丹後の霊夢に御告げがあり現在地に遷座しました。江戸時代に入ると盛岡藩(藩庁:盛岡城)の藩主南部家から海辺総鎮守・北部総鎮守として崇敬庇護され社領100石と社格5千石が認められ、例祭には藩主の代参として田名部代官が参拝しその報告も早馬で本城のある盛岡まで届けられました。元和2年(1616)に火災により社殿、社宝、記録などが焼失しましたが程なく再興されています。江戸時代には示現太郎大明神と称し、神仏習合していましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され社号が田名部神社に改められ社格として郷社に列しました。例祭は毎年8月18・19・20日の3日間行われ、その間、豪川組(横迎町)、義勇組(小川町)、共進組(柳町)明盛組(本町・田名部町)、新盛組(新町)の5台の山車が町内を練り歩き、最終日の深夜全ての山車が集まり樽酒を酌み交わし、祭りの終わりを惜しむと共に来年の再会を誓い合う「5車別れ」が執り行われます。例祭は古式(嘉永4年:1851年に編纂された示現太郎大明神御神事行列帳に準じています。)を伝える貴重なもので「田名部の山車行事」として平成11年(1999)に青森県無形民俗文化財に指定されています。祭神:味租高比古根命(示現太郎大明神)、誉田別命、宇曽利山大山祇大神、管下神社大神。
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田名部神社:写真


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