弘前市: 長勝寺

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概要・歴史・観光・見所
長勝寺(弘前市)概要: 長勝寺の創建は享禄元年(1528)、大浦盛信が父光信の菩提を弔うため菊仙梵寿を招いて開山したのが始まりと伝えられています。当初は本城だった種里城鯵ヶ沢町:種里城の跡地には光信公御廟所が聖地として残されています。)の城内にありましたが津軽為信が大浦城に移った際、大浦に移し、さらに慶長16年(1611)弘前城築城に際し、城の裏鬼門(南西=坤)に当る現在地に移されました。長勝寺は弘前藩主である津軽家縁の寺院として重要視され、弘前城の裏鬼門鎮護の役割だけでなく、長勝寺を中心に構成された禅林街(曹洞宗33ヵ寺で構成されている寺町)全体が弘前城の出城的機能を持ち城下町との境には土塁が築かれ、西側には堀、北側は断崖、東側は低湿地帯となっていました。長勝寺は弘前藩主津軽家の菩提寺だけでなく祈願所でもあり病気平癒や、大飢饉による餓死者の供養なども行われ藩内曹洞宗の僧録所としての格式も持っていました。現在も長勝寺境内には多くの建物や寺宝が残されていて、長勝寺の象徴的な存在である三門は寛永6年(1629)、2代藩主津軽信枚によって建立されたもので三間一戸、桁行9.7m、梁間5.8m、入母屋、とち葺きの八脚楼門形式、高欄、花頭窓付、仁王像安置、昭和11年(1936)に国指定重要文化財に指定されています。本堂と庫裏は、慶長年間(1596〜1614年)に建立されたと伝えられる建物で本堂は曹洞宗の本堂建築としては全国的に見ても最古級とされ入母屋、こけら葺、平入、桁行22.7m、梁間16.3m、平成5年(1993)に国指定重要文化財に指定されています。庫裏は大浦城の台所を移築したものと云われている建物で切妻、茅葺、平入、桁行18.8m、梁間13.9m、平成5年(1993)に国指定重要文化財に指定されています。その他にも初代藩主為信の木彫を安置している御影堂や境内背後にある5棟の津軽家御霊屋(入母屋、妻入り、桁行2間、梁間2間)など多くの文化財に囲まれています。

長勝寺の文化財
 ・ 長勝寺本堂−慶長年間−国指定重要文化財
 ・ 長勝寺庫裏−慶長年間(大浦城台所移築伝)−国指定重要文化財
 ・ 長勝寺三門(楼門建築)−寛永6年−国指定重要文化財
 ・ 長勝寺御影堂(附厨子及び須弥壇)−寛永6年−国指定重要文化財
 ・ 環月臺(初代藩主津軽為信室:御霊屋)−寛永5年−国指定重要文化財
 ・ 碧巖臺(2代藩主津軽信枚:御霊屋)−寛永8年−国指定重要文化財
 ・ 明鏡臺(2代藩主津軽信枚室:御霊屋)−明暦2年−国指定重要文化財
 ・ 白雲臺(3代藩主津軽信義:御霊屋)−寛永15年−国指定重要文化財
 ・ 凌雲臺(6代藩主津軽信著:御霊屋)−宝暦3年−国指定重要文化財
 ・ 長勝寺銅鐘−鎌倉時代後期−国指定重要文化財
 ・ 三尊仏及びその厨子堂−慶長8年・寛永15年−長野県重宝
 ・ 薬師如来三門本尊−寛永5年に三門に安置−長野県重宝
 ・ 津軽為信木像−慶長11年(伝承)−長野県重宝
 ・ 長勝寺黒門(高麗門)−江戸時代中期−弘前市指定有形文化財
 ・ 長勝寺境内−国指定史跡
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