弘前市: 熊野宮

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概要・歴史・観光・見所
熊野宮(弘前市)概要: 熊野宮の創建は不詳ですが文明元年(1469)に如来瀬から現在地(弘前市茜町)に遷座したと伝えれています。応仁の乱の兵火で一時衰退しましたが津軽為信(後の初代弘前藩主)から崇敬され厨子、神像を寄進し歴代の津軽家の祈願所とします。伝承によると永禄12年(1569)、境内の前を馬に乗って通過すると身分を問わず落馬することが連続して起こり、領主である為信が聞き及ぶと、自ら愛馬に跨り当社の前に来ると多分に漏れず落馬し大怪我をしました。その夜、熊野神の化身が為信の霊夢に立ち、我を信仰すれば汝は一国(津軽)を支配出来るだろうとの御告げありました。以来、熊野神を津軽家の軍神として信仰し見事津軽地方を統一したと伝えられています。江戸時代に入ると社領30石(別当袋宮寺の寺領50石)が安堵され社殿の修繕や再建などの営繕工事が藩費によって賄われています。又、弘前城下周辺にある本宮(熊野奥照神社)、新宮と共に熊野三所権現に例えられ当社は那智宮に相当するものとして4代藩主津軽信政によって紀州熊野那智大社の分霊を勧請し那智山袋宮寺熊野三所大権現と称するようになります。明治時代初頭に発令された神仏分離令により別当だった袋宮寺から独立し熊野宮となり明治6年(1873)に村社に列し、明治39年(1906)に神饌幣帛料供進神社に指定されています。現在の本殿は、慶長20年(1615)に2代藩主津軽信牧が再建したもので三間社流造、鉄板葺(旧こけら葺)、正面1間向拝付、象鼻や懸魚には優れた彫刻が施された建物です。熊野宮本殿は江戸時代初期に建てられた神社本殿建築の遺構として貴重な存在で棟札3枚(慶長2年・文政元年・嘉永元年)と共に平成5年(1993)に青森県重宝に指定されています。祭神:伊邪那岐命、伊邪那美命、速玉男命、事解男命、罔象女命。例祭:旧六月十五日。
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