弘前市: 巌鬼山神社(十腰内観音堂)

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巌鬼山神社・概要・歴史・観光・見所
巌鬼山神社(十腰内観音堂)概要: 巌鬼山神社の創建は延暦15年(796)、西方寺観音院として開かれたのが始まりと伝えられ、大同2年(807)には坂上田村麻呂が東夷東征の戦勝祈願として社殿を再建しています。古くは岩木山山頂の奥宮に対して下居宮の格式があったとされ岩木山信仰の中心的な祭祀が行われていましたが寛治5年(1091)に岩木山神社が勧請されると百澤寺に祭祀が移されました。歴代領主に崇敬され文安5年(1446)に火災で社殿が焼失すると寛正4年(1463)長見氏によって再建され、慶長2年(1597)には津軽為信が社殿を修復し、慶長9年(1604)には津軽信建が鰐口を奉納、元禄4年(1692)には火災で焼失した社殿を4代弘前藩主津軽信政により再建しています。明治時代初頭に発令された神仏分離令により別当寺院だった巌鬼山西方寺観音院が廃寺となり明治6年(1873)に巌鬼山神社に社号を改称し村社に列しています。現在の本堂は元禄4年(1692)に建立された旧西方寺観音院の観音堂だったもので寄棟、鉄板葺(旧茅葺)、桁行3間、梁間3間、正面1間向拝付、外壁は真壁造り、素木板張、当時の津軽地方の小仏堂(三間堂)の典型として貴重な事から内部に安置されている厨子(一間堂、切妻、板葺)、軒札(1枚:元禄4年)と共に平成5年(1993)に青森県重宝に指定されています。社宝の慶長9年(1604)在銘の鰐口は初代弘前藩主津軽為信の嫡男津軽信建(藩主就任前に死去)が寄進したもので銅製、直径21.1cm、厚さ12.0cm、昭和38年(1963)に青森県重宝に指定されています。境内にある大杉(2本)は推定樹齢1000年、樹高40m、幹周10m・8.5m、昭和31年(1956)に青森県指定天然記念物に指定されています。津軽三十三観音霊場第5番札所(十腰内観音堂・札所本尊:十一面観世音菩薩・御詠歌:参るより 頼みをかけし 十腰内 聞きしに勝る 古き宮立)。祭神:大山祇神。例祭:8月17日。
巌鬼山神社
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