青森市: 高田城

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概要・歴史・観光・見所
高田城(青森市)概要: 高田城の築城年は不詳ですが戦国時代には南部家の客将で浪岡城の城主北畠氏(浪岡氏)に仕え外ヶ浜警護や津軽関守を担っていていた土岐則基が城主になっていました。土岐氏は大永4年(1524)、南部家の家臣で反乱を起こした三代主水の鎮圧で石川高信に従い功を挙げ所領800石と高田城が与えられたと思われます。天正6年(1578)、大浦為信が浪岡城に侵攻すると、浪岡城の守備にあたっていた則基と長子である則重が討死、当時、高田城の留守居役だった次男の則忠と3男の則吉は三戸城三戸町)に撤退しています。高田城が何時頃廃城になったのかは不詳ですが、土岐氏が三戸城に撤退した事で無住となり、そのまま廃城になったと思われます。その際、高信の次男である南部政信の娘を守った功により所領が与えられ、さらに、政信の娘が七戸城七戸町)の城主七戸直時に嫁いだ際、七戸城に御供として配属し故郷の地名に因み高田氏に改称、後に七戸城番頭筆頭四家に数えられました。高田城は単郭の平城で、東側のみが崖地で、残りの3方が幅10〜15m、深さ10m前後の堀に囲われていました。現在は宅地化されますが、郭の一部と空堀、土橋などの遺構が残されています。
高田城
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高田城 高田城 高田城 高田城
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