根岸八幡宮(五戸町)概要: 根岸八幡宮は青森県三戸郡五戸町根岸に鎮座している神社です。根岸八幡宮の創建は永正3年(1506)、五戸城の城代木村杢氏が主家である南部家の武運長久と領内鎮護を祈願して八幡神の分霊を勧請し社殿を造営したのが始まりとされます。
御神体は元暦年間(1184〜1185年)刀工を営んでいた月山が湯殿山(山形県鶴岡市)に参拝に訪れた際、道に迷うと八幡神の化身が出現し誉田別命・玉依姫・神功皇后の御神像を授かり長く家宝として祀られていたもので、根岸八幡宮が創建されると月山家は刀工を廃業し神官として祭祀を司るようになったそうです。
その後は歴代五戸城城主や五戸代官から崇敬庇護され、安永4年(1775)には盛岡藩第8代藩主南部利雄が武運長久と子孫繁栄の為に祈願を行い秘仏だった御神像が御開帳になっています。
現在の根岸八幡宮拝殿は昭和9年(1934)に再建されたもので木造平屋建て、入母屋、鉄板葺、正面千鳥破風、平入、桁行6間、正面1間軒唐破風向拝付、外壁は真壁造り板張り、向拝木鼻、欄間、懸魚、衝立などに精緻な龍の彫刻が施されています。
境内に建立されている「菊女の供養塔」は元禄3年(1690)当時の代官木村秀晴の正室菊が建立したもので、伝承によると秀晴には愛人で正室と同名の「菊」という女性がいましたが、懐妊した事を知ると処刑し胎児の墓は舘稲荷神社の境内に、「菊」の墓は同じ女性として同情した正室の菊が根岸八幡宮の境内に建立したと伝えられています。
三十三観音は江戸時代中期以降、民衆の行楽が発展し講を称し各地に遊行する人々が急速に増えましたが、現地でも気軽に遊行気分を味わえるものとして西国三十三観音霊場を模した石仏が造られ五戸町では根岸八幡宮境内に建立されました。
根岸八幡宮境内にあるイチイは推定樹齢300年、樹高7.2m、胸高直径95cm、往時は参道沿いに並木を形成していましたが戦後に伐採され当木のみになってしまいました。「菊女の供養塔」と「三十三観音」は五戸町指定史跡、「イチイ」は五戸町指定天然記念物にそれぞれ指定されています。例祭日9月15日 。祭神は誉田別命。
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-五戸町教育委員会
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